"社会の歯車になる"というフレーズは、昔から悪いイメージで語られる事が
多い気がしますが、それは本当に悪いことなのでしょうか?
自分も学生の頃は悪いイメージで捉えることも多く、
社会人になるときは、希望と共にある種の失望も感じたものです。
ただ、社会人になって大きく悟ったことは、
どんな立場の人でも、社会という大きなシステムの中の歯車だということです。
動力の大小が有ったり、影響の度合いが違ったりするけど、
大きなシステムの中でどこかに噛み合わなければ意味の無い歯車。
どんな機械も歯車がなくては動きません。
そこに歯車が存在するという事は、社会システムとして大切なことです。
もちろん、悪いシステムの歯車になる事は避けなければいけないですけど、
良いシステムの歯車であるという事は素晴らしい事だと思います。
そういうシステムを動かしている一人ひとりは絶対に尊敬されるべき人たちです。
ただ、何の変化も無しに動力を伝えるだけとか、
システムの動きを阻害する歯車になる事は、避けなければいけないですけどね。
やはり、社会というシステムの歯車である限りは、
社会をより良く動かす重要な歯車で有り続けたい。
その意識を持てる人が増えることが、
将来の社会を良くする鍵だと思います。
そうですよね。
小さい子から「なんでしごとをするの?」って聞かれたときもこんな感じのことを答えようかなぁと常々考えてます。
世の中、普通な人(変な表現だけど)を尊敬できない人が結構いて、そういう人たちが差別を助長しているのかな、なんて思います。
P.S.
Movable TypeってOpenIDに対応してたんですね。
とりあえず、ライブドアでログインしてみました。
歯車が存在するという事は社会として必要だから存在しているわけです。
だから、全体としてより良く動くように歯車を噛み合わせられる人は絶対に尊敬されるべきですよね。
どんな改革も大事業も参加する全ての人がしっかりとした歯車として動かなければ大きな成功は成し遂げられないわけで、
地道に働く人への尊敬の念と働く人の誇りは、
どんなに社会が進化しても失ってはいけないものだと思います。
P.S.
OpenID用のプラグインは公開されているので、
入れてみました。
mixiのopenIDはデフォルトの方法でログインできないようなので、ちょっとコードいじってます(笑